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京都地方裁判所 昭和36年(ワ)408号 判決

理由

第一、第一次的請求についての判断

一、被告等が共同で(1)金額一〇〇万円満期昭和三三年五月二五日支払地大阪市支払場所株式会社三和銀行十三支店振出地西宮市振出日白地受取人訴外久次米定一郎、(2)金額五〇万円その他の記載(1)と同じ、(3)金額五一万円その他の記載(1)と同じの計三通の約束手形(以下本件約束手形という)を振出したことは、当事者間に争いがない。

二、そこでまず右各振出日欄の白地補充権の時効消滅を理由とするいわゆる手形要件欠缺の抗弁について考えてみるのに、本件約束手形のような確定日払手形にあつては、振出日の記載は、手形要件を手形要件たらしめる実質的な理由である手形上の権利の内容又は義務者の確定に必要な事項ではなく、単に真実に振出のなされた日を推測させる材料となり得るというだけの意味しか持たないものであるから、手形要件(手形の必要的記載事項)ではないと解すべきである。すなわち手形法第七五条第七六条が振出日の記載を手形要件としているのは、日付後定期払手形や一覧払及び一覧後定期払手形のように振出日の記載を手形要件とすることに意味のある手形についてだけであると解すべきである。従つて本件約束手形の振出日欄の白地が補充されたか否か或いはその補充権が時効により消滅したか否かに関わりなく、本件約束手形は手形要件に欠けるところはないものといわなければならない。

三、そして本件約束手形の第一裏書欄に裏書人前記久次米定一郎被裏書人白地拒絶証書作成義務免除の記載があること、第二裏書欄に裏書人訴外前田善三郎被裏書人白地の記載があつたことは、当事者間に争いがなく、右第二裏書欄の記載が抹消されていることは、被告等の明らかに争わないところであるから被告等において自白したものとみなすべく、原告が本件約束手形の所持人であることは、当事者間に争いがなく、原告の本件約束手形の取得が右久次米定一郎からの交付によるものであることは、被告等の明らかに争わないところであるから被告等において自白したものとみなすべきである。而して既存の白地式裏書の裏書人が手形を再取得した場合にその裏書を利用してそのまま手形を交付することも一種の白地式裏書とみるべきである。従つて原告は裏書の連続ある本件約束手形の所持人として本件約束手形上の権利者と推定される。

四、そこで次に右久次米定一郎から原告への本件約束手形の白地式裏書が訴訟信託であるとの抗弁について考えてみる。

(1)(証拠)によると、本件約束手形の振出された経緯はほぼ次のとおりであつたと認められる。すなわち被告日本硝子鋼管株式会社(以下被告会社という)は、被告小松英次郎(以下被告小松という)の発明にかかる硝子鋼管の製造会社で将来を有望視されながらも資金繰りに窮していたところより、右硝子鋼管の販売会社たる訴外日本硝子鋼管販売株式会社の役員を弟に持ち自らも両会社に関係していた訴外久次米定一郎が、右資金の調達を引受け、自らの知人であり東京の証券会社の役員をしている訴外前田善三郎にその資金を出させることとなり、右前田善三郎は右久次米定一郎を通じて被告会社に対し、昭和三二年四月一五日同年同月三〇日及び同年五月二四日の三回に亘り各回金五〇万円をいずれも弁済期は一、二ケ月後利息は日歩一〇銭と定めて融資し、その見返りに右融資金額を額面とする約束手形を受取つた。その後右約束手形は数次書替えられ、その間の利息分金五一万円の約束手形も加えて最後に書替えられて本件約束手形となつた。かように認められる。

(2)  (証拠)によると、右久次米定一郎は、本件約束手形が不渡となり右前田善三郎から遡求されたので、昭和三四年三月二日同人に対し第一次的請求の請求原因記載の不動産を代物弁済して、その後同人から本件約束手形を受戻したが、原告はその間ずつと右前田善三郎の代理人として右久次米定一郎と直接交渉にあたつていたものであることが認められる。

(3)  成立に争いのない甲第一二、一三、二〇号証によれば、本件約束手形はその後昭和三四年一〇月三〇日までの間に右久次米定一郎から原告へ譲渡されたことが認められるが、証人久次米定一郎の証言(第二乃至四回)及び原告本人尋問の結果によれば、右譲渡には何らの対価関係もないことが認められる(証人久次米定一郎の第二回証言では、右譲渡は原告が右久次米定一郎の前記不動産の買戻に尽力してくれたのみか買戻資金の一部を出してくれたことに対する代償としてなされたということになつているが、前記甲第九、一〇号証によれば、右不動産の買戻がなされたのは昭和三五年九月二四日であることが明らかであるから、右証言は措信し難い。また同証人の第三、四回証言では、右譲渡は右不動産の買戻のための尽力への期待と右尽力のために要する費用の代償としてなされたということになつているが、右証言は、同証人の前の証言とくい違うのみでなく、右証言にいう譲渡の日時が昭和三四年三月一〇日であることと前記買戻の日時が昭和三五年九月二四日であることとの関係、つまり尽力への期待といつてもそれは不確実なものであつたろうし、費用といつても既に支出していた金額は本件約束手形金額に比べれば極めて僅かの金額にすぎなかろうし、将来支出する金額はこれまた不確実なものであつたろうと思われることからみて、措信し難い)。

(4)  甲第四号証(手形譲渡証)には、本件約束手形の右久次米定一郎から原告への譲渡日時が昭和三四年三月一〇日である旨の記載があり、証人久次米定一郎の証言(第一乃至四回)及び原告本人の供述中には、右同旨の部分があるけれども原告本人尋問の結果によれば原告は金融業者であることが認められ、弁論の全趣旨によれば、右譲渡については当時被告等に対する書面による通知はなされなかつたことが認められるのであるが、金融業者が手形金債権を譲渡するのにわざわざ譲渡証書を作成しながら債務者への通知はさせなかつたというのは些か不自然な感じを免れないこと(証人久次米定一郎の第一、三回証言では、当時口頭による通知はしたということになつているが、右証言は、証人岡誠治の証言に照して、措信し難い)、前記(2)(3)で認定した事実から明らかなように、昭和三四年三月一〇日当時には右久次米定一郎から原告へ本件約束手形を譲渡する因となる事情は何もなかつたこと、被告小松本人尋問(第一、二回)の結果によれば、右久次米定一郎と原告は昭和三四年の夏頃被告小松に対し前記前田善三郎に頼まれたといつて本件約束手形金の請求をしていることが認められること(この点は一見(2)で認定した代物弁済の事実と矛盾するようであるが、前記認定のように、もともと本件約束手形振出の原因となつた融資は右前田善三郎からなされているのであり、同人としては知人である右久次米定一郎から前記不動産を取りきりにするつもりはなく被告等に本件約束手形金を支払わせそれで右久次米定一郎に右不動産を買戻させるつもりでそのために代物弁済後も本件約束手形を右久次米定一郎よりも被告等に対し強い態度に出られる同人の手許に留めていた、そして原告はこのような右前田善三郎の立場を代理して行動していた、とみることもできるから、必ずしも矛盾するものではない)などから考えて、右の甲第四号証の記載や証人久次米定一郎及び原告本人の各供述は措信し難い。むしろ前記甲第一二、一三、二〇号証によれば、原告は昭和三四年一〇月三〇日被告小松を相手どつて本件約束手形金債権について不動産仮差押を申請し右申請が認容されたことが認められるが、前記被告小松本人尋問(第二回)の結果からすると、本件約束手形の前記前田善三郎から前記久次米定一郎への返還及び右久次米定一郎から原告への譲渡はともに(少なくとも後者は)右申請の直前になされた疑いが強い。

(5)  本件約束手形が不渡になつたことは、前記認定のとおりであるが、更に原告本人尋問及び被告小松本人尋問(第一、二回)の各結果によると前記久次米定一郎と原告が昭和三四年の夏頃被告小松に対し本件約束手形金の請求に行つたが同被告から強く支払を拒否されたことが認められ、従つて本件約束手形の前記久次米定一郎から原告への譲渡の当時本件約束手形金の取立には保全処分の申請や訴訟の提起などの厳重な訴訟行為による外ないことは右久次米定一郎にも原告にも十分予見されたものと推認される。

以上(1)乃至(5)で認定の事実関係からすると、右久次米定一郎は被告等に対し自らは本件約束手形金を請求できない立場にあつたか少なくとも請求すれば原因関係についての人的抗弁をもつて対抗される立場にあつたと推測されること、右久次米定一郎はかつて自己の債権者の代理人として対立的立場にあつた原告に対し相当の時価を有するであろう不動産をとられるいわば原因ともなつた総額二〇一万円もの本件約束手形を対価関係なしに譲渡するという常識では考えられないことをしたことになること、本件約束手形の右久次米定一郎から原告への譲渡は原告の被告等に対する仮差押の直前になされた疑いが強いこと、当時本件約束手形金の取立は訴訟行為によらざるを得ないことが十分予見されたことなどが明らかであるから、右久次米定一郎から原告への本件約束手形の白地式裏書は訴訟行為をなさしめることを主たる目的とする信託的譲渡であると認定するのが相当である。従つて右裏書は信託法第一一条により無効である。そうすると原告が本件約束手形上の権利者であるとの推定は覆えされることになり、原告は本件約束手形の適法な所持人ではないということになる。

五、そうだとすれば、原告の第一次的請求は、そのほかの点について判断するまでもなく失当であるから、棄却を免れない。

第二、第二次的請求についての判断

一、利得償還請求権を取得し得る手形所持人は、時効又は手続の欠缺により手形上の権利が消滅した当時における手形の適法な所持人でなければならない。ところが原告が本件約束手形の適法な所持人でないことは第一次的請求についての判断として述べたところから明らかである。

二、そうだとすれば、原告の第二次的請求も、そのほかの点について判断するまでもなく失当であるから、棄却を免れない。

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